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#29 海辺の鄙びた駅舎 渡島砂原駅(森町・函館線)

無人駅めぐり

函館線の大沼(おおぬま)駅から森(もり)駅までは、大沼公園経由の本線と、鹿部(しかべ)経由の支線の2つのルートがあります。特急列車が通るのは(臨時列車などでは例外もありますが)本線の方で、鹿部経由の支線は貨物列車が通るほかは、朝晩を中心に普通列車が走るだけの路線となっています。

またこの支線は駒ヶ岳の麓、火山灰地であり、かつ傾斜があるためか地盤が非常に弱く、かなり長い区間で徐行運転を強いられています。おそらく路線の半分くらいが徐行区間なのではないでしょうか。この区間の列車は軟弱な地盤に配慮し、本当にゆっくり走ります。

軟弱な地盤とはいえ、ここまで徐行しないといけないのは、戦時中にほとんど突貫工事のようにして開通した路線だから、という理由もあるかもしれませんね。

渡島砂原(おしまさわら)駅は、そんな函館線の支線にある駅です。この支線、「鹿部回り」と呼ばれたりもしますが、「渡島砂原回り」「砂原線」とも呼ばれます。この函館線の支線「砂原線」にとって、渡島砂原駅は割と重要な駅なのです。

列車を降りて、構内踏切を渡り駅舎側に行きます。ここまで乗ってきた列車がゆっくり遠ざかっていくのが見えます。

ホームは2つあります。この駅は列車の行き合い(すれ違い)が可能な構造になっています。ホームが曲がっているので遠くを見通すことはできず、まるで複線の線路のようにも見えますが、もちろん単線の区間で、この駅で列車の行き合いが可能となっているだけ。この2つの線路はすぐに合流し、単線となります。

乗ってきた列車がまだ見えますね。やはりゆっくり走っているのでしょうか。

駅名標は非常に年季が入っています。そしてその背後には赤い屋根の大きな駅舎が。すごい風格です。

駅舎内はシンプルですが、「大さわらマップ」が目を引きます。駅周辺の散歩に役立ちそうです。「砂原小学校」や「砂原中学校」があるんですね。地図が示している地域の規模感も、この地図自体のサイズも、よく見る通常の観光用マップと比較して「大」ではないような気はするのですが、単なる「さわらマップ」ではなく「大さわらマップ」としていること、私は結構好きです。子どもたちが力を合わせて一生懸命描いたマップなのでしょうか。

床のひび割れも目立つ駅舎内です。待合スペースは周辺に窓が多く非常に明るい空間となっています。

駅舎内から駅の外を見ると、すぐそこは太平洋です。

この駅舎、すごい姿ではないでしょうか。つっかえ棒もつけられ、塗装も剥げかけていますが、これでも現役の駅舎です。海の目の前、海風も相当強いと思います。この駅舎が建てられた1945年から、厳しい気候にもかかわらず、当時とほとんど変わらない姿で建っているのではないでしょうか。

駅舎の前の赤いポストが、アクセントとなっています。

満身創痍の駅舎の姿。この駅舎に心打たれる人も少なくはないでしょう。赤い屋根もとてもいい味を出しています。太陽が当たるか当たらないかで、赤い屋根の色合いが少し変わるところも飽きさせません。

駅の背後に雪山が見えます。これが道南の秀麗、駒ヶ岳です。駒ヶ岳はどの角度から見るかによってかなり姿かたちが変わる山ですが、この角度から見ると比較的富士山型に見えますね。駒ヶ岳は、かつては本当に富士山のような綺麗な形でしたが、1640年の大規模噴火で山体崩壊し、現在の独特な形になりました。標高も、元々1700mほどあったのが、山体崩壊により1100mほどとなりました。

そして駅正面はいきなり海。海と山を同時に楽しめる駅でもあるのです。そして目の前を横切っているのは国道278号線。函館から亀田半島をぐるっと回って鹿部(しかべ)町を経由、森町まで続いている国道です。

海の方にも下りて行くことができます。散歩をするには本当に気持ちの良い環境です。駅前から見渡してもあまり民家は見えませんが、この道を下り、海の方へ出ると砂原の町が広がっています。

駅に戻ります。

ホーム側の駅舎も、雰囲気満点です。これだけ古い大きな駅舎を維持管理するのは大変なことでしょう。もちろんこれだけ大きな駅舎が必要だったのは昔の話。今ではスペースを持て余しています。それなのに減築もされず、よくここまで残ったものです。

ひらがな・縦書きの駅名表示も、非常によく似合います。まさにローカル線の駅の風景といった感じですね。

駅舎はホームよりも一段低い位置にあるため、ホームから見ると駅舎の屋根がより強調されて見えます。しかしホームが高い位置にあるといっても、木々に遮られ海が見える場所はかなり限られています。

古めかしい駅舎を眺めながら、次の列車を静かに待ちます。

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