北海道の歴史を語る上で欠かせないものといえば、先住民の「アイヌ民族」の存在です。
「アイヌ」と聞いて、漫画『ゴールデンカムイ』で興味を持ったという方も多いかもしれませんね。あるいは、国立アイヌ民族博物館「ウポポイ」が白老町にできてから、興味を持ったという方もいらっしゃるでしょう。
北海道の地名、たとえば「札幌(サッ・ポロ・ペツ=乾いた大きな川)」や「小樽(オタ・オル・ナイ=砂浜の中の川)」など、実はその多くがアイヌ語由来。今回は、北海道の歴史と自然を語るうえで欠かせない「アイヌ民族の暮らしと精神」について、じっくりと掘り下げていきます。
アイヌ民族ってどんな人たち?
アイヌ民族は、主に北海道、サハリン、千島列島などに古くから住んでいた先住民族です。ではアイヌ民族の住む前はどうだったのか、という話は以下の記事に書いていますので、今回は割愛します。

アイヌ民族は、独自の言語「アイヌ語」を持ち、独自の文化を育んできました。しかし、アイヌ語は文字を持ちません。そこで彼らの歴史や物語は「ユカラ(叙事詩)」と呼ばれる歌や伝承によって、親から子へと口承で語り継がれてきました。歌、といっても現代人が思い浮かべる歌とはちょっと違います。メロディーのようなものではなく、節をつけた、リズムに合わせた語り、ような感じですね。
そして、彼らの暮らしを語る上でおそらく最も大切なキーワードが「カムイ(神)」です。
カムイと共に生きる世界観
アイヌ民族は、この世に存在するあらゆるものに「カムイ」が宿っている(あるいは、カムイが姿を変えて人間界に遊びに来ている)と考えられていました。「あらゆるもの」がカムイなので、カムイは単一の存在ではありません。例えば以下のようなものが代表的なカムイです。
- 動物のカムイ:ヒグマ(キムンカムイ)、シマフクロウ(コタンコロカムイ)、シャチ(レプンカムイ)など
- 植物のカムイ:樹木や山菜、よもぎなど
- 自然現象のカムイ:火(アぺフチカムイ)、風、水、雷など
- 道具のカムイ:舟、包丁、器など人間が作った大切な道具
中でも最も神聖なカムイで、大切にされていたのがヒグマ(キムンカムイ)ですね。この後に「イオマンテ」という言葉が出てきますが、アイヌにとってヒグマは切っても切れない関係にあります。
まあヒグマ怖いもんねえ、と思うかもしれません。しかし面白いのが、「人間(アイヌ)とカムイは対等な関係である」という点です。
カムイは人間に肉や皮(食料や衣類)を与え、人間はカムイに感謝の祈りや酒、お供え物(イナウという削り掛けの木串)を捧げる。互いにギブ・アンド・テイクでリスペクトし合う関係だったんですね。人間の住む世界(アイヌモシリ)とカムイが住む世界(カムイモシリ)はあくまで並列の世界で、どっちが上でどっちが下、みたいな感覚はありません。
現代の感覚に例えると、外国みたいな感じでしょうか。アイヌモシリは自国、カムイモシリは外国。そんな感覚が近いかもしれません。
ですから、もしカムイが人間に害(天災や不猟)をもたらした時は、人間側からカムイに対して抗議をすることすらありました。この「自然を支配するのではなく、対等なパートナーとして付き合う」という感覚、ちょっと素敵ですね。
アイヌの住まいと集落
続いては、アイヌの人々がどんな場所で、どんな家に住んでいたのかを見ていきます。
暮らしの拠点「コタン」
アイヌの人々は、数軒から十数軒ほどの家族が集まって「コタン(集落)」を作って暮らしていました。
コタンが作られる場所には条件があります。それは「きれいな水が得られる川の近く」であり、「サケが上ってくる場所」であることです。北海道の川沿いをドライブしていると「〇〇コタン」という地名をよく見かけますが、まさに昔そこが集落だった証拠です。「コタン」という名前がついていなくとも、北海道にはアイヌ語で「川」を意味する「ペツ」や「ナイ」がついた地名が多く、こういったところも昔アイヌ民族のコタンがあった場所、ということがよくあります。
コタンには共有の狩り場や採集場があり、地域のルールを守りながらみんなで協力して生活していました。
伝統的な家屋「チセ」
アイヌの家は「チセ」と呼ばれます。


基本的には、木で骨組みを作り、屋根や壁をササやヨシ(芦)、樹皮などで葺いたシンプルな茅葺き屋根の家です。釘などは使わず、ブドウのつるやシナノキの皮などでしっかり縛って作られていました。
北海道なのになんか寒そうな家!って思うかもしれませんが、実はチセの内部は、当時としてはとっても合理的で暖かみのある構造になっています。

チセの中心には必ず大きなお鍋を吊るせる囲炉裏(アペ) がありました。この火は24時間365日、絶やされることがありません。暖房・照明・料理の熱源になるだけでなく、火の神様(アペフチカムイ)が宿る最も神聖な場所とされていました。
冬の北海道といえば極寒ですが、囲炉裏の火を焚き続けることで地面が保温され、チセの中は見た目以上に暖かかったと言われています。自然の素材だけで断熱性と耐震性を兼ね備えた、昔の人の知恵が詰まった「エコハウス」です。
アイヌの食文化
さて、当サイトで「食」の話をしないわけはありません。 アイヌの食生活は、まさに北海道の四季折々の恵みをまるごと味わうスタイルでした。
主食にして最高の恵み「サケ(チェプ)」
アイヌ語でサケのことは「チェプ」と言いますが、これは単にサケを指すだけでなく「本当の食べ物」という意味も持っています。それくらい、生活に欠かせない命の糧だったわけです。
秋になると川を上ってくる大量のサケを、ヤス(銛)や網を使って捕獲しました。サケを使ったアイヌの代表的な料理は以下でしょうか。
- チェプオハウ:サケと山菜、大根などを煮込んだ塩味の汁物。
- サッチェプ:サケを寒風にさらして乾燥させた保存食。
また、サケの皮を使って靴(チェプケリ)を作るなど、食べるだけでなく衣料品としても頭からしっぽまで無駄なく使い切っていました。
山の恵みと狩猟
春から夏にかけては、山に入って山菜を採集します。 ギョウジャニンニク(アイヌネギ/プクサ)や、ユリ科の植物「ウバユリ(トゥレプ)」の根っこからデンプンを取り出して保存食を作ったりしていました。今でもギョウジャニンニクは北海道グルメとしてお馴染みですね。
そして冬になると、本格的な狩猟の季節です。 ヒグマやエゾシカ、ウサギなどを狩り、その肉を煮込み料理(オハウ)や焼き物にして食べていました。
アイヌ料理の味付けの基本
アイヌ料理の特徴は、「塩」と「獣脂(脂)」によるシンプルな味付けです。 昆布だしをベースに、塩と少量のエゾシカやクマの脂を加えてコクを出します。隠し味にギョウジャニンニクなどの香草を使うことで、臭みを消し、栄養満点の料理に仕上げていました。
アイヌの衣装と文様
アイヌ文化といえば、あの美しい幾何学模様(アイヌ文様)が刺繍された衣装を思い浮かべる方も多いんじゃないでしょうか?
アイヌ文様

アイヌの衣装には、独特の渦巻き模様やトゲのような模様が施されています。そして、あの模様にはちゃんとそれぞれ名前があります。渦巻きとか棘って呼ぶのではなくて、まあそれでも伝わりますが、せっかくなので名前を覚えてあげてください。
- モレウ:渦巻き模様(「ゆっくり曲がる」という意味)
- アイウシ:トゲのある模様(「トゲがある」という意味)
これらは単なるデコレーションではありません。 アイヌの人々は「病魔や悪霊(ウェンカムイ)は、着物の袖口や襟元などの『隙間』から侵入してくる」と考えていました。そのため、首元や袖口、裾などに魔除けとしてこの文様を刺しゅうしたのです。
家族の健康と安全を祈りながら、心を込めて一針一針縫い上げていたんですね。そんな愛が詰まったデザインです。
素材のバリエーション
着物の素材も、地域や季節によって様々でした。代表的な素材を見ていきましょう。
- アットゥシ(樹皮衣) オヒョウやシナノキなどの樹皮から繊維を取り出し、紡いで織り上げた伝統的な衣装。水に強く、非常に丈夫なのが特徴です。
- ルチシ・チカプウシ(羽皮衣) エトピリカやウミウなどの鳥の皮(羽毛がついたまま)を縫い合わせて作った防寒着。主にオホーツク沿岸や島嶼部で使われました。
- チェプケリ(魚皮靴) 先ほども紹介したサケの皮で作った靴。滑り止め効果があり、雪の上でも歩きやすかったそうです。
身の回りにある自然素材を徹底的に工夫して、機能的でおしゃれな服を作り出す技術はすごいですよね。
イオマンテ
お待たせしました。アイヌの暮らしを深く知るうえで外せないのが、カムイへの感謝を表す様々な神事や儀式であり、その代表的なものがイオマンテ(熊送り)です。アイヌの神事の中で最も有名で、最も重要とされていたものです。
これは、子グマを人間界(アイヌモシリ)で大切に育てた後、その魂を心を込めてカムイモシリ(神々の世界)へ送り返す儀式です。アイヌモシリとカムイモシリは先ほどの「アイヌ民族ってどんな人たち?」の章で説明しましたが、覚えてますでしょうか?
「え!!育てたクマを殺してしまうの?」と現代の感覚だと驚いてしまうかもしれません。でも、アイヌの考え方は違います。
カムイは、人間に肉や皮という「お土産」を届けるために、カムイモシリから子グマの姿を借りて人間界(アイヌモシリ)へ遊びに来てくれたと考えられていました。だからこそ、人間は数年間、我が子のように大切に大切に育てます。だからこそ、最高のご馳走とお土産(イナウや酒)を持たせて、「人間界はとても楽しかった!」とカムイの国へ帰ってもらうのです。
送り出されたカムイはカムイモシリで「アイヌモシリで手厚くもてなされたぞ!」と自慢し、また人間界に恵みをもたらすためにやってきてくれる、というサイクルです。
自然への深い敬意と、生かされていることへの感謝が込められた、極めて神聖な儀礼だったわけですね。
アイヌ文化を学ぶには
ここまでアイヌの伝統的な暮らしについて紹介してきましたが、アイヌ文化は「過去の歴史」ではありません。現在も形を変えながら、そして新しいアートや音楽と融合しながら脈々と生き続けています。北海道を旅行するなら、ぜひ実際にアイヌ文化に触れられるスポットに立ち寄ってみたいものです。
① ウポポイ(民族共生象徴空間)/白老町


2020年にオープンした、日本最北の国立博物館を中心とする大型施設です。 美しいポロト湖のほとりにあり、展示を見るだけでなく、伝統芸能の鑑賞やアイヌ料理の試食、チセの再現エリア散策など、1日中楽しめるスポットになっています。
アイヌ文化を学ぶ「勉強」の側面が強い施設です。まずはぜひここへ。
② 阿寒湖アイヌコタン/釧路市

阿寒湖温泉のすぐそばにある、実際にアイヌの人々が暮らし、お店を営んでいる集落です。 民芸品店がずらりと並び、木彫り細工の技術の高さに圧倒されます。夜には伝統的な舞踊とデジタルアートが融合した「ロストカムイ」というショーも開催されていて、これがめちゃくちゃカッコいいです。温泉旅行と合わせて行くのが最高です。
ウポポイは「勉強」の側面が強かったのに対し、ここは実際にアイヌの街を見て、食を堪能し、文化を体験する、触れ合うという側面が強いです。阿寒湖はアイヌコタンだけでなく温泉街もアイヌ色が色濃く、本当に散策が楽しいです。北海道の温泉街の中で、街歩きという点では私は一番阿寒湖が好きですね。是非是非行ってほしいおすすめのスポットです。


③ 平取町二風谷(にぶたに)エリア/平取町
アイヌ工芸の匠たちが多く住む、深い歴史を持つ地域です。「二風谷イタ(木彫りの盆)」や「二風谷アットゥシ(樹皮織り)」は、国の伝統的工芸品にも指定されています。ここはじっくりと職人技や歴史に触れたい人におすすめの隠れた名所です。
以上紹介した①ウポポイ、②阿寒湖アイヌコタン、③二風谷はそれぞれ初級編、中級編、上級編みたいな感じなので、上から順番に履修するといいでしょう。
アイヌ文化から学ぶ北海道
この記事では、「アイヌ民族の暮らし」をテーマに、住まいや食文化、精神世界についてご紹介してきました。アイヌの人々の「自然に感謝しながらも、それらと対等に付き合い、恵みを分かち合う」というマインドは、私たちに大切なヒントを与えてくれるのかもしれません。
そしてアイヌ文化は、今も北海道に深く根付いています。北海道の暮らし、歴史、文化を学ぶ上で、アイヌの知識は欠かせません。
この記事の内容を覚えておけば、普通に観光する上でのアイヌの基礎知識としては十分でしょう。あとは、覚えておきたいアイヌ語の用語なども解説していますので、ぜひこちらもご覧ください。



