帯広といえば?というとみんな口を揃えて豚丼!と言います。そして、帯広というよりも北海道全体で「豚丼」が名物グルメです。でも、北海道全体で豚肉グルメが多いのだ、ということに気づいている人は割と少数派でしょう。さらに、なぜこんなにも豚肉グルメが多いのか、というところまで知っている人はとっても少ないと思います。
北海道各地にある「豚肉グルメ」
もしかしたら、そもそも北海道グルメとして「豚」をイメージする人はあんまり多くないかもしれません。しかし、北海道には数多くの豚肉グルメがあります。
豚丼

北海道に数ある豚肉グルメの中で、もちろん代表は豚丼でしょう。特に帯広の豚丼は本当に有名ですね。帯広の他にも、摩周など豚丼の有名な場所はありますし、豚丼のお店も北海道各地で見られます。
室蘭やきとり

続いてこちら。「室蘭やきとり」です。室蘭やきとりの特徴は3つ。1つはカラシをつけて食べることで、2つ目は焼き鳥で一般的な長ネギではなく玉ねぎを使うということ。北海道においては長ネギよりも玉ねぎの方が安価に手に入るからですね。まあこれは北海道の玉ねぎ生産量が多いことから容易に納得がいくでしょう。
そして3つ目の特徴。これが室蘭やきとり最大の特徴で、鶏肉ではなく豚肉を使うのです。「焼き鳥」と呼ぶにも関わらずです。
豚肉を使う焼き鳥は、何も室蘭だけに限りません。函館の焼き鳥だってそうですし、何かと豚肉の焼き鳥というのは道内にあったりします。
夕張カレーそば
「カレーそば」というもの自体がメジャーではないかもしれません。しかし、日本全国、意外と「カレーそば」なる食べ物はあったりします。一般的なカレーそばでは鶏肉を使いますが、北海道・夕張のカレーそばは豚肉が入っています。
すきやき
すきやきって知っていますか。そりゃみなさん知っているでしょうが、おそらくみなさんのイメージするすき焼きは牛肉ではないでしょうか。しかし「北海道風すきやき」と呼ばれるものは、豚肉を使うことが多いです。
豚肉ジンギスカン
ジンギスカンといえば羊でしょうか?ひょっとしたら鹿???実は「豚肉ジンギスカン」も存在するのです。
その他にも
私も、道内のとある定食屋で、「焼肉定食」を頼んだら普通に豚肉が出てきたことがあります。ただ単に「焼肉」って言ったら牛肉じゃないですか?と本州人は思ってしまいますが、北海道では普通に豚肉が出るんですね。(ちなみにこの定食屋さんはボリュームも味も最高でした)

もちろんこの他にも豚肉料理は道内各地にたくさんあります。


北海道に豚肉グルメが豊富なのは開拓時代の名残
では、なぜ北海道はこれほどまでに「豚肉の地域」なのか。普通は鶏肉や牛肉を使う場所に豚肉を使うのか。ちょっと解説したいと思います。
簡単に言えば、北海道においては豚肉が非常に安かったのです。ではなぜ安かったかと言えば、北海道では開拓当初から、豚の飼育が奨励されており、豚の頭数が多かったためです。
食料として豚肉を飼育する。もちろんそのような単純な側面もありますが、北海道開拓を行うにあたり、豚肉を飼育することはメリットだらけだったのです。以下詳しく見ていきましょう。
豚肉は開拓のエネルギー源としてとっても優秀
まずは「食料」としての側面から。豚肉は牛や鶏に比べ、脂肪分が多い(体脂肪率が高い)です。北海道開拓は、肉体的にも過酷でエネルギーを必要とするほか、冬は氷点下20度にもなる極寒の地で生き抜かなければなりません。豚肉の脂肪分はエネルギー源として非常に重要だったのです。
高い繁殖力を活かして現金化が可能
いくら素晴らしい食料でも、育つまでに長い時間がかかったり、なかなか繁殖しないようでは、食料には不向きです。しかしその点、豚はとっても優秀。牛を育てると言ったら年単位で時間がかかるわけですが、豚の場合は半年で育ちます。成長スピードが早いんですよね。
また繁殖力も高く、牛だったら1回で生まれるのは1頭ですが、豚は1度に10頭ほど産みます。こうすると、全ての豚を自分たちの食用にしなくても、数頭を自分たちで食べて、残りを売りに出して現金化する、ということも可能であるわけです。
ここまで読んで、疑問に思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。「牛を育てるのよりも豚の方がいいことはわかった。しかし豚も6ヶ月かかるじゃないか」と。「どうせ食べない分を現金化するのなら、どんどん豚の飼育を増やしていくよりも、その土地で何か作物を育ててもいいじゃないか」と。
もちろん、作物を育ててもいました。しかし、農作物を育てると言っても、一筋縄ではいかない北海道特有の問題があったのです。北海道は泥炭や火山灰に覆われた痩せた土地が多く、また冷涼な気候もあり、作物を育てようにもかなり難しかったのです。害虫の被害も相当深刻だったといいます。気候が悪い年だったり、害虫の被害が深刻だったりすれば農作物の全滅も珍しくなく、そうなってしまったら飢餓に苦しむしかありません。農作物のみに頼った暮らしでは、どうしても不安定な暮らしを強いられてしまいます。そんな中で、どんどん繁殖してどんどん出荷でき現金化できる豚は、お金を安定的に稼いで開拓を続けると言う上で、極めて大きな役割を果たしたことは言うまでもありません。
今でこそ北海道は農業大国になっていますが、それは先人たちの開拓の成果であり、さまざまな試行錯誤や品種改良あってのことです。
痩せた北海道の土地に対し、豚の糞は肥料になった
先程触れた通り、北海道の土地は痩せていました。火山灰に覆われた地や泥炭地が多く、このままでは作物が育ちません。とすると肥料を撒かないといけないのですが、当時本州で撒かれていた干鰯(ほしか)などの肥料は非常に高価で、開拓者には買えませんでした。そこで、豚を飼い、その糞尿にワラを混ぜて発酵させ、これを肥料として撒いていたのです。
豚はなんでも食べる雑食系
さて、豚はエネルギーたっぷりの食料をもたらし、現金ももたらし、さらに他の作物を育てる土壌を作る、というところまで説明しました。とはいえ、そんなふうになんでも与えてくれる豚でも、当然ながら餌を食べさせないといけません。
しかし豚は雑食系。開拓前の北海道には、「人間は食べられないけれど豚は食べられる」ものが数多くありました。例えばどんぐり、トチの実などです。豚はこれらを食べて育ってくれるのです。
どうですか。豚の飼育は「いらないものを食べてすぐに育ち、すぐに増え、開拓者に食糧・現金・肥沃な土地を与える」という、まさに開拓者にとっていいことづくめだったのです。
特に十勝・帯広付近は豚の飼育が盛んだった
豚肉の飼育は北海道全土で推奨されていました。事実、上述のように北海道各地に豚肉料理があります。
しかし、特に豚肉の飼育が盛んだった地域があります。北海道の真ん中よりちょっと右、十勝平野のあたり、帯広付近ですね。
なぜ帯広付近で豚の飼育が特に盛んだったのか。それは帯広地区の代表的な開拓者である依田勉三(よだ べんぞう)が豚の飼育を特に強く推奨したからです。依田勉三の大きな特徴として、ただ単に豚を飼育して食糧・現金・肥沃な土地を作ろうとしただけでなく、豚の加工までも視野に入れていた、と言うことがあります。豚を現金化すると言っても、当時の十勝は僻地です。生肉を本州に売りに行こうとすれば、本州に着く前に腐ってしまいます。したがって十勝を発展させるには、加工が不可欠だと考えていました。
依田勉三は、豚肉であればハムやソーセージに加工できる、というところまで見越していたのです。そして依田勉三自身も、加工品の製造に取り組んでいました。ハム製造だけでなく、缶詰工場、練乳工場、バター工場。依田勉三が手がけた数々の事業は、当時はうまくいかないことも多かったようですが、勉三の不屈の精神は時代を超えて受け継がれ、今の十勝の産業の基盤となっており、「十勝開拓の父」とも呼ばれています。
だってほら、いくら北海道全域にある豚丼といっても、一番有名なのはどこですか。帯広ですよね。まあ豚丼を作ったのは依田勉三ではありませんが、依田勉三の貢献により十勝に豚が特に多くなったことと、十勝で豚丼が有名になったことは決して無関係ではないでしょう。
昭和初期にさらに豚の飼育が増えていった
そんなわけで、北海道に初期から根付いていた豚の食文化ですが、昭和初期にさらに豚の飼育が増えることになります。それは、第二次世界大戦の勃発です。
軍人の靴「軍靴」は牛の皮が使われることが一般的だったのですが、第二次大戦が激化すると牛の皮がほとんど輸入できなくなってしまいました。国内にいる牛だけでは軍靴を作るのには全く足りず、困ることになります。
では国内で牛をもっとたくさん育てるか、というとそれは大変ですよね。さっきも述べたように、牛は育てるのに長い時間がかかり、繁殖力も強くありません。しかし豚なら短期間でたくさん育てられ、繁殖力も強いわけです。そこで、国は豚の皮を軍靴の材料にすることを決め、全国で豚の飼育を推奨しました。豚を育て、その皮を国へ納めることを強く奨励したのです。
というわけで、豚肉王国であった北海道ではさらに豚の飼育が増えました。そして戦後になると、現在の「室蘭やきとり」が生まれることになります。戦後の食糧難の北海道。鶏肉は手に入らないけれど、豚肉ならたくさん飼育したおかげで、安くたくさん手に入る。そんな事情から豚肉を使ったやきとり、「室蘭やきとり」が生まれたというわけですね。
北海道を支えてきた豚の食文化
どうですか。ここまで読むときっと豚肉への見方が変わってくるでしょう。
豚肉は北海道の開拓を、開拓者の食糧という点で、現金をもたらす商品という点で、不安定な農作物を補うという点で、本当に色々な側面で支えてきたのです。そして豚がたくさん飼育されたことにより、その糞尿により北海道の痩せた土地は肥沃になり、北海道の農業が発展するきっかけともなっているのです。
農業の発展だけにとどまりません。依田勉三の功績に代表されるように、豚の飼育は加工品の製造などの産業にも繋がっていきます。
さらには戦時中にも豚の飼育が増え、「室蘭やきとり」が誕生するなど、豚肉の食文化は北海道の確固たるアイデンティティとなったのです。
豚肉の食文化は、北海道の開拓から、戦後の食糧難の時代を超え、今に至るまで北海道を支えてきたのです。お正月の格付けチェックでは「豚肉を選ぶなんて絶対ありえへん!」とかやってますが、豚は偉大なんですよ。

