十勝・帯広の歴史 内陸で港もない帯広は農業によって栄えた

北海道東部最大の都市・帯広。帯広を中心とする十勝(とかち)地域には広大な畑が広がっており、日本有数の食料供給地です。帯広はその中心都市として強い存在感を持っています。

函館は江戸時代末期から国際港として栄えました。札幌は行政都市でした。小樽は港湾・金融都市でした。そして旭川は軍事・北方防衛都市として発展していきます。これらの都市については以下の記事にまとめています。

それぞれ北海道の各都市で性格が異なるわけですが、帯広はまた別の性格を持つ都市です。

今回は、どのように帯広という都市が誕生したのかを、北海道全体の歴史の流れの中で掘り下げていきます。


目次

明治初期、十勝は「北海道の奥地」だった

帯広のある十勝地方は、明治初期まで、北海道の中でも特に開発の遅れた地域でした。

理由ですか???単純です。遠かったのです。

北海道開拓を進めていた頃、栄えていた場所ってどこだったか知っていますでしょうか。こちらの記事で主に書いていますが、函館、札幌、小樽ですよね。いずれも北海道の西部。これら都市を起点に、人と物資が移動していたのです。一方、十勝は北海道東部の内陸部です。栄えていた函館、札幌、小樽からは遠い位置にあり、ほとんど誰も立ち入らない場所です。

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この記事を書いた人

道外出身・道外在住大学生。
小学生のころから北海道の魅力にとりつかれ、北海道旅行回数は30回超。
詳しくは「運営者情報」ページを参照。

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