札幌駅から通勤通学路線の一つ、学園都市線に乗ると、住宅街を走り抜け終点は北海道医療大学駅。
しかし2020年までは、北海道医療大学から先にも線路が伸びていました。
学園都市線はまるっきり都会の通勤路線であり、札幌とベッドタウンを結んでいるため、北海道医療大学から先も似たような風景が広がっていたのだろう、と思ってしまいますが、蓋を開けてみればとんでもありません。
実は北海道医療大学駅から先は、列車本数は1日数本というレベル。夏でも当然のように非冷房の「汽車」が、1両でガッタンゴットン走る、とても札幌から距離的に近いとは信じられないほどの超ローカル線だったのです。まあ札幌から近いとは言っても2時間くらいかかったんですけどね。
そんなわけで、北海道医療大学駅から先、学園都市線の末端区間は2020年に廃止となったのですが、晩生内(おそきない)駅は、そんな学園都市線の末端区間にありました。
おそきない、なんてなかなか読める字ではありません。色褪せた駅名標が、この難読駅名の答え合わせをしているかのようです。
晩生内の地名はもちろんアイヌ語から来ています。アイヌ語の「オショキナイ(川尻が崩れている川)」に由来するという説など、諸説あります。
駅舎の前の大きな木が、駅の風格を醸し出しています。遠くに見える山の稜線も綺麗です。
駅舎は小さいながらも風情があります。この駅、国道275号に隣接しているにもかかわらず、国道から直接駅にアクセスできない珍しい構造です。駅舎があるのは国道の反対側。国道からやってきて駅を利用するには、踏切を渡って線路沿いの小さな道路をたどり、駅舎側に来ないといけません。
では駅舎の正面には何があるのかと言えば、
太陽光パネルが並んでいます。普通逆ですよね。駅舎の正面は国道で、駅裏はこういう土地なら納得いきます。しかしこの駅は駅正面が太陽光パネルで、駅裏が国道なのです。
駅裏を通っている国道275号の風景はこんな感じです。建物が点在しています。お店はありませんが、自動販売機がありました。北海道とはいえ、暑い夏なのでこういうのは助かります。炭酸飲料を買うことにしました。
駅の近くには「晩生内地区コミュニティ消防センター」。
「晩生内地区コミュニティセンター」という立派な建物もありました。人の気配は全くなく、道を歩いている人すらいませんが、こういった綺麗な建物があることから、晩生内地区はそんなに小さなコミュニティというわけではなさそうです。
全国どこにでもある信号機ですが、こういった場所で出会う信号は一味違う気がします。LEDではないとか、そういうことではなくて、なんだか絵になるということです。
駅に戻ります。
帰りの列車が来るまではまだまだ時間があります。誰もいない駅を、虫の声を聞きながら散策するのは贅沢な時間です。国道からも建物が点在している様子を見てとれましたが、駅のホームから見ても周囲に人家はしっかりありそうです。ただ駅前一等地が太陽光パネルであるなど、駅が晩生内地区の中心になっている感じは全くありませんね。
本数も少ないので、周辺に住んでいる方でも駅を使う人はほとんどいないのが実情でしょう。おそらく、晩生内駅に限らず、北海道のローカル駅はどこもそうなのではないでしょうか。
駅舎にあるベンチ。いつから使われているものなのでしょうか。夕暮れ時と相まって、なんだか郷愁を感じてしまう椅子です。工夫によっては何かのポスターにできそうな気がするのは私だけですかね。まあ、ポスターは言い過ぎかもしれませんが、感性次第でいくらでも物語が生まれるベンチのような気がします。
駅舎内の椅子には座布団が置かれていました。おそらく地元の方の手作り座布団ではないでしょうか。4つの座布団のうち、1つだけ大きくてあたりですね。
空を見上げると月が出ていました。上弦の月です。
だいぶ日が暮れてきました。駅舎とホームの間にスペースがありますが、きっとここにも昔は線路が敷かれていたのでしょう。駅周辺を歩けばコミュニティセンターがあったように、きっと昔は駅もこの街もしっかり栄えていたのではないでしょうか。その割には人の気配が全くないのですがね。
虫の鳴き声が響くだけの空間ですが、なぜか思い出に残ります。こんな夏もありでしょう。
誰もいなくても、駅舎には明かりが灯ります。そこらじゅうを飛んでいた虫が、蛍光灯の周りに吸い込まれていきます。
結局駅周辺で人に会うこともなく、夜になればすっかり闇の中。ようやく待ちに待った最終列車が迎えに来ました。