東京都台東区の上野駅からは、かつて東北方面へ向かう寝台列車が多数出発していました。その名残なのか、東京にありながらどこかレトロな雰囲気のある駅です。
上野駅からは、東北よりさらに先、青函トンネルを潜って北海道方面へ向かう列車も発着していました。札幌行きの寝台特急「北斗星」と「カシオペア」です。上野駅から列車1本で札幌へ。今回は、そんな夜行列車が走っていた時代の北海道上陸記を記しましょう。
上野から札幌まで、寝台特急「北斗星」で移動した際の乗車記です。
上野駅のホーム
真夏の上野駅にやってきました。通勤電車がたくさん出発する中、電光掲示板に一つだけ異彩を放つ列車が表示されます。
寝台特急「北斗星」札幌行きです。わかる方にはわかると思いますが、これは2015年8月、北斗星号がすでに臨時列車となっていた頃です。毎日走っていたときの「北斗星」は上野発が19時過ぎでしたが、臨時になると上野発は16時20分に繰り上げられ、札幌到着時刻は変わらず翌日の11時15分。札幌までなんと19時間を要す列車となりました。
のんびり走るなーと思ったそこのあなた。この列車は「特急」です。特急料金もしっかり取られています。上野から札幌まで19時間は、速いのです。飛行機や新幹線に乗り慣れると距離感覚が麻痺してしまいますが、そういう感覚を忘れてはいけませんね。
出発は上野駅13番線です。電光掲示板に踊る「札幌行き」の文字。胸が高鳴りますね。
ホームには「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」。石川啄木の歌です。今のように飛行機や新幹線の発達していなかった時代、地方から東京へ出てくることは、今よりもずっと大きなことだったでしょう。今は青森・盛岡方面からやってくる新幹線から降りてくる人の話を聞きに行っても標準語ばかりのはず。いや、みんな会話なんてせず、そそくさと改札口に向かうだけかもしれません。
札幌行き寝台特急「北斗星」の入線です。行き止まりのホームのため、最後尾の機関車が前の12両の客車を押す形でゆっくりホームに入線してきます。このような運転方式を推進運転と呼ぶそうです。普通の列車ではまず見ない光景ですね。
上野駅の伝統あるホームで、青い客車が静かに出発を待ちます。昭和の頃から変わらない景色なのでしょうが、この光景もあとわずかで見納めになります。
「特急 北斗星 札幌」この表示だけでロマンがあります。
先頭の機関車です。この機関車が途中の青森まで引っ張っていってくれます。青森から先は別の機関車に、そして函館でまた機関車をかえ、3つの機関車でリレーをしながら12両の長い客車を札幌まで運んで行ってくれるのです。
「北斗星」というと個室のイメージが強いですが、個室ではない2段ベッドの寝台車も連結されています。寝台の仕切りはカーテン1枚のみ。19時間こんな寝台車で揺られるのも、なかなか面白かったかもしれません。
上野駅を出発
乗車するのは、A寝台個室「ツインデラックス」。A寝台なので値段は高いものの、ベッドは2段式です。ちなみにこの個室と同じ料金で寝台特急カシオペアの「カシオペアツイン」に乗ることができますが、そちらは部屋の中にトイレと洗面台つき、さらにウェルカムドリンクサービスあり、ベッドは2段式ではない、そして部屋の広さも若干広いなど、この「ツインデラックス」とはサービスレベルがまるで違います。そのため水回りもウェルカムドリンクもない「ツインデラックス」はコスパの悪い部屋に思えるのですが、「カシオペアツイン」にはないクラシックな雰囲気があり、また部屋の形も正方形に近く天井も高いのでかなり居住性はいいです。「豪華寝台特急北斗星」の旅を満喫するには素晴らしい部屋だと思います。
このツインデラックスよりも上位の部屋として、A寝台個室「ロイヤル」があります。そちらは部屋にトイレ・洗面台・シャワーつき、ウェルカムドリンクのほかルームサービスもあるなど、「北斗星」のフラッグシップ的個室です。実は2名利用の場合、「ロイヤル」と「ツインデラックス」の価格差はほとんどなくロイヤルが圧倒的人気なのですが、、、まあ、ロイヤルなんて人気すぎてきっぷ取れませんよ。ノスタルジックな雰囲気では圧倒的にツインデラックスに軍配が上がると思います。
16時20分、列車は上野を出発します。
上野から20分ほどで、最初の停車駅・埼玉県の大宮(おおみや)駅に到着です。こちらは寝台列車の車内、非日常そのものですが、窓ガラスひとつ隔てて外は首都圏の日常。不思議な感覚です。ホームで通勤電車を待つ人たちには、この青い列車はどう映っているのでしょうか。
下段のベッドはソファーに転換することができます。このソファーがふかふかで、座り心地がとても良いです。
列車は、東北本線を北上していきます。日が長い夏ですが、太陽が傾いてきましたね。
食堂車とロビーカー
ここで夕食の時間です。食堂車「グランシャリオ」を予約しています。選べるメニューはフランス料理のフルコースと懐石料理ですが、懐石料理にしました。フランス料理のフルコースの方が値段は高いですが、そちらは寝台特急「カシオペア」と共通だった気がします。ドレスコードがないのも、気楽に食事ができて嬉しいところです。
メニューも「北斗星」仕様。乗車記念になります。
食堂車での食事は格別ですね。今となってはものすごく貴重な経験です。
食後はロビーカーに行ってみましょう。ソファーでくつろぐことができます。豪華な雰囲気ですが、やはり漂う昭和感。いいですね。
ロビーカーにはシャワー室もあり、シャワー券を買うことで利用することができます。
列車は暗闇の中をひた走り、ついに盛岡駅に到着です。時刻は23時を回りました。これまで暗闇の中を随分と走ってきましたし、盛岡といえばかなり遠くまでやってきたように感じます。しかしまだ北海道に入るまでの道のりは長く、青函トンネル通過は明日の早朝になります。せっかくなので寝台で寝ることにしましょう。
個室「ツインデラックス」が並ぶ通路。部屋に戻ります。
北海道に上陸
海底の長いトンネルを抜けると、朝だった、、まあ大体そんな感じです。列車はいよいよ北海道の大地へやってきました。列車は青森駅で進行方向を変えており、眠りについた時とは逆向きに走っています。
朝6時35分、ついに函館駅に到着します。寝ている間に青森駅で機関車の付け替えが行われていたようですが、ここ函館でも再び機関車の付け替えが行われ、進行方向も元に戻ります。
函館駅での停車時間は14分。外はすっかり明るくなり、もう旅も終盤のような雰囲気ですが、まだ札幌までは4時間以上あります。
函館を出て、しばらくすると左手に大沼国定公園の小沼が見えます。個室の窓とは反対側なので、通路に出て眺めることになります。この小沼の先には、道南の秀麗、駒ヶ岳が聳えています。
個室側の窓からも駒ヶ岳が見えてきました。今日は少し雲がかかっていますね。こういう姿も美しい山です。
森駅を出ると、車窓には噴火湾(内浦湾)が広がります。日は高くなり、空も青さを増したでしょうか。
上野から15時間かけて走ってきた列車から見る車窓は、やはり格別です。個室にはBGM装置が備わっており、部屋に音楽を流すことができます。もちろん有名な歌や今風の曲ではないですが、それがまた良いです。曲は同じものがループで流れているのですが、一応4つのチャンネルから選曲することができます。昨夜から聴き比べていますが、チャンネル2番の曲が陽気でよかったですね。タイトルも何も知らない曲を聴き続けるなんて、なかなかいいと思いませんか。いつでも自分の好きな曲を聴ける環境って、便利なようで意外と寂しいものですよ。
札幌に向けて
列車は八雲(やくも)駅に到着します。本州での停車駅は少なかった北斗星号も、北海道内は割と停車駅が多いです。登別や洞爺は観光地なので下車する観光客がいそうなものですが、この八雲駅とかは果たしてどのくらいの乗降があるのでしょうか。ビジネスでの利用というのもあるのでしょうか。
八雲駅の次は「かにめし」で有名な、長万部(おしゃまんべ)駅です。不思議な小窓から撮影してるなと思うでしょうが、ツインデラックス個室の2段ベッド、その上段についている窓からです。寝ながら景色を眺めるのも一興です。
青森と札幌を結ぶ急行「はまなす」の乗車口案内もありますね。この駅に「はまなす」号が止まるのは札幌行きは午前1時、青森行きは午前3時です。
再びロビーへ。少し霧がかかっているでしょうか。
苫小牧(とまこまい)駅に到着です。もうここまで来ると、札幌はすぐそこという感じがします。苫小牧の次の南千歳駅は、新千歳空港方面との乗り継ぎ駅。飛行機に乗れば東京からわずか1時間40分ほどで着いてしまうのですから、飛行機の偉大さがわかります。
やがて札幌都市圏の様相に。住宅街もよく見えるようになります。札幌までラストスパート。東京から夜通し走ってきた青い列車は、きっと普通の電車の間を縫って走っているのでしょう。
札幌駅に到着
上野から18時間55分。定刻に終着・札幌駅に到着です。
名残惜しいですが、一晩過ごした部屋を出ます。機関車を2両も繋いだ、全部で14両の長い列車。札幌駅でも一番長いホームを存分に使って停車します。その存在感は別格です。
上野からこんなに遠くまで、一晩かけて同じ列車でやってくる。これが本物の「鉄道旅」というものなのかもしれません。
北斗星号は、車庫に向けて回送されていきました。また今日の午後、上野行きとしてここ札幌駅から多くの乗客を乗せて走るのでしょう。北斗星号は、たくさんの人に鉄道旅の楽しさを教えてくれた列車なのではないでしょうか。