「死ぬまでに一度は行ってみたい場所」の一つに屋久島の縄文杉を挙げる人も多いと思います。
縄文杉があるのは、屋久島の奥地。樹齢3000年とも7000年とも言われる大木で、訪問には登山口から往復10時間を要します。しかしその大変さに比して、縄文杉に行った人の中には「感動した」「人生観が変わった」と言う人もたくさんいる場所であり、日本人にとってある種の「憧れ」となっていることは否定できないでしょう。
しかし、往復10時間とも12時間とも言われるその道のりに、二の足を踏む人が多いのも事実です。「自分は歩けるんだろうか」「怪我せずに帰ってこられるのだろうか」色々と不安に思われる方もいらっしゃるでしょう。実際に行ってきた体験談・ルート紹介をした上で、注意点等をご紹介します。
縄文杉トレッキングの道のり
はじめに縄文杉トレッキングの道のりをご紹介します。片道11km(往復22km)の道のりで、最初の8.5kmはトロッコ道、末端の2.5kmは山道になります。
ここではその道のりの紹介と、ガイドさんをつけずに行く場合のチェックポイントとペースの目安も併せてご紹介します。
荒川登山口からスタート!

まだ日も昇らない中、荒川登山口から出発します。トロッコ道が整備されているので、歩きやすいです。


途中、断崖絶壁の大きな一枚岩の横を通ったり、

柵のない橋を渡ったり、ちょっとしたスリルを味わいながらのんびり歩きます。

川には大きな岩がゴロゴロと転がっていたりします。
チェックポイント① 小杉谷集落跡(目安:登山口から1時間)
歩くこと1時間ほど。小杉谷集落跡に到着です。


そうです、ここは集落「跡」ですから、もう誰も住んではいません。しかし、こんな山奥にかつて確かに集落があったのですから、すごいことです。写真に写っている部分は、集落の入り口、小杉谷小中学校の校庭部分。こんな辺鄙なところの集落なんて・・・と思ってしまう方もいるでしょうが、実は結構大きな集落だった場所です。最盛期には人口540人(1960年)を抱えており、この小中学校の全校生徒も最高で147人(1962年)に上ったとのことです。今ではこの集落の入り口の小中学校跡を見ることくらいしかできませんが、かつては商店や理髪店もあり、今のこの姿からは想像もつかないほどしっかり栄えた場所だったのでしょう。
そんな集落の廃村は1970年のこと。これだけの時間が経てば、自然は人間の営みなどすっかり呑み込んでしまいます。
ちなみにこの小杉谷集落ですでに標高は660m。縄文杉を目指す登山者にとっては「まだまだ序盤」の場所ですが、意外とかなりの山奥で、標高は高いのです。
小杉谷集落から、さらに歩みを進めます。

なんという花か忘れましたが、屋久島の固有種だそうです。トロッコ道の横に花が咲いていたり、小さなネズミがぴゅっと飛び出して引っ込んで行ったりと、楽しい道のりが続きます。

太陽の日が差し込み、川の水面も輝きます。

木のない場所から川を覗くと、本当に澄んだエメラルドグリーンをしています。この水面を見ているだけで幸せな気分になれそうです。

川の近くには大きな石がゴロゴロしているので、その石に座って小休憩、なんていうのもいいものです。
チェックポイント② 三代杉(目安:登山口から1時間45分)


道はやがて川から離れ、鬱蒼とした木々の中を進んでいきます。

小休憩も含め、登山口から1時間45分ほどでたどり着くのがここ、三代杉です。屋久島の杉の中にはもともとあった大きな杉が倒れ、その倒れた木から新しい芽が顔を出し、再び大きな杉になった、というものがあります。要するに「倒木から芽を出して大きくなった杉」です。こういったものがたくさん屋久島にはあるんですね。
しかし、「「倒木から芽を出して大きくなった杉」の倒木から芽を出して大きくなった杉」は非常に珍しいそうで、この「三代杉」はそれです。1代目の杉が倒れ、2代目の杉が芽生えて大きくなって倒れ、3代目の杉ができた、という意味で三代杉なのでしょう。言うまでもないことですが、屋久杉が育つまでには長い時間がかかります。その寿命が来て、倒れるまでも非常に長い時間がかかります。そしてその倒木から芽を出し、大きくなるのも大変なことです。「三代杉」からは途方に暮れるほどの長い時間の流れと、この場所に代々立ち続けてきた生命力、なんというか言葉で表せないものを感じます。

こちらはかつて「仁王杉」と呼ばれた杉が立っていた場所です。寿命が来て倒れてしまい、今では倒木の跡があるのみとなっています。でもきっと、倒木から新しい芽が顔を出し、もしかしたら長い長い時間をかけて仁王杉を超えるような立派な杉が成長するのかもしれません。

時折開けた場所から山々が望めます。あの奥に見えるのが扇岳です。

季節は3月下旬ですが、標高を上げるに連れて雪が見られるようになりました。なんでも3月下旬で雪が見られるのは珍しいようですが、屋久島は麓は沖縄の気候とほぼ同じ、山の上の方は札幌の気候とほぼ同じで、日本中全ての気候帯がこの屋久島にぎゅっと詰まっているような感じなのです。屋久島を暖かい島なんて思っていると痛い目にあいます。実際、この時も吐く息は白いですし、寒かったですよ。

こういった川の水を汲む人は少ないですが、登山道の所々にある湧き水は、基本的に全て飲用が可能です。水をたくさん持参しなくとも、飲み干したらその容器に湧き水を入れて補充すればOKです。ただしこれが通用するのは屋久島のここだけですからね。全国的にやっていいことではありません。例えば北海道とかで、同じように沢の水や湧き水を飲むことは厳禁です。狐などが媒介するエキノコックス症に感染する恐れがあるからです。最悪命に関わりますから、「屋久島で湧き水飲めたから別の場所でも湧き水飲めるだろう」という考え方は絶対にしてはいけません。
チェックポイント③ トロッコ道終点(目安:登山口から2時間45分)

やがてこんな橋の場所に着きます。ここがトロッコ道の終点です。トロッコ道が終わり、ここから本格的な山道になるという、超重要チェックポイントです。
ここまで歩いてきた道は8.5km、この先縄文杉までは2.5kmで、もうすぐ!なんて感じてしまう人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。ここまでははっきり言って準備運動のようなもの。ここからが「ちゃんとした」登山なのです。

この超重要チェックポイントにはトイレがあります。ここでトイレに行っておくことは本当に大切です。必ず行っておきましょう。ついでにベンチで小休憩もお忘れなく。ここではほとんどの人が休憩していきますよ。
トロッコ道に別れを告げ、いよいよ山道に入っていきます。



ここは扇杉の跡地。2010年に残念ながら寿命で倒れてしまったのですが、それまでは縄文杉に次ぐ幹回りの大きさを誇る巨木でした。多くの植物が着生した堂々とした姿で、多くの人を魅了していましたが、ある夜に人知れず倒れ、朝登山者が発見してびっくりだったそうです。
チェックポイント④ ウィルソン株(目安:登山口から3時間15分)

しばらくすると有名な「ウィルソン株」に到着です。外から見るとただの切り株なのですが、中に入って上を見上げると・・・

なんとハート型に見えるのです。このウィルソン株の中から撮った「ハート」は、屋久島を代表する写真スポットです。ハートと、その向こうに見える木々がなんとも言えない美しさです。
ウィルソン株を出てさらに登っていきます。

階段が整備されているところも多く、足元が悪いわけではありません。ただ逆にこういう階段に雪が積もるとかなり滑るんですよね。足を踏み外してしまったり転んでしまったりすると階段から横の地面に落下したり、階段を転げ落ちる可能性もありますから、気が抜けません。
チェックポイント⑤ 大王杉(目安:登山口から4時間)

やがて見えてきたのは「大王杉」です。縄文杉が知られるまでは、この杉が屋久島最大の杉だと言われており、この「大王杉」という名前が付いたとのことです。推定樹齢は3000年以上。これまでの登山道で見てきた屋久杉も立派なものがたくさんありましたが、やっぱり風格が違います。
大王杉を出れば、縄文杉までは45分ほど。いよいよラストスパートです。さらに山深くなった道のりを、前へ前へ進んでいきます。

ゾウさんに見える木。うん。確かに見えるね。



登山コースも、どんどん雪深くなってきました。スノーアイゼンを使って登ります。

うーん、これも何かに見えるね。ワニかな???氷柱が歯みたいになってて面白いですね。誰だ、ヨダレとか言ったやつは笑
ゴール 縄文杉(目安:登山口から4時間45分)
登山口から5時間弱、11km。ついに縄文杉に到着です。

威風堂々とした佇まい。これが縄文杉です。樹齢は2700年とも4000年とも7000年とも言われ、正確にはわかっていないようですが、とんでもない時の流れを感じさせることは確かです。「縄文杉」という名前は木の形が縄文土器に似ているから、という説や樹齢が4000年以上あり縄文時代からここに佇んでいた、という説がありますが、これも真相はわかりません。
それでも縄文杉のこの立ち姿は多くの人の心を揺さぶるものです。逆に詳しくわからないからこそ、浪漫があるというものなのでしょう。

帰りについて
帰りの各チェックポイントまでの所要時間目安はこんな感じでしょう。「行きより帰りの方が速いでしょ」なんて言わずに、危ない箇所もありますから、このぐらいのペースでゆっくり歩きましょう。
チェックポイント⑤大王杉 まで 45分
チェックポイント④ ウィルソン株 まで 1時間30分
チェックポイント③ トロッコ道終点 まで 2時間
チェックポイント② 三代杉 まで 3時間
チェックポイント① 小杉谷集落跡 まで 3時間45分
最終到着点 荒川登山口 まで4時間45分
縄文杉トレッキングの注意点
無理のないペースで、ゆっくり歩こう
超基本にして、一番大事なことはこれでしょう。私は30kmくらいまでなら余裕ですが(別に自慢じゃないですよ笑)、普通の人にとって片道11km、往復22kmは結構タフでしょう。長丁場を歩き切るには、やっぱり最初に張り切って飛ばしすぎないことが大切です。本当にのんびり、変に頑張ろうとせず、ぶらぶら散歩する気持ちで、周りの景色を見ながら楽に歩きましょう。最初頑張るぞ!は禁物です。後でバテます。
危ない箇所も多数ある!気を抜くな!
縄文杉までの道は整備されていますが、危ない箇所も多数あります。例えばこちらのような「柵のない橋」。足を滑らせたり踏み外したりしたら大変なことになります。実際に転落・死亡事故も起こっているらしく、本当に注意が必要です。

特に、帰りはへとへとの状態でここを歩く人も多いと思います。こういう場所があるので、「転びやすい」「足元がおぼつかない」人はアタックを控えた方がいいでしょう。
また後半の山道部分でも、足を滑らせたら谷底に一直線、みたいな箇所が何箇所かあるので、本当に細心の注意を払ってください。

トロッコ道の終点からが本番!
トロッコ道が長いわけですが、本当に大変なのはトロッコ道が終わった後の山道です。急登が連続する区間もあり、体力的にしんどいと感じる人が多いのはやはり山道区間でしょう。また転んだら大怪我をしかねないような、気が抜けない区間もたくさんあります。まあ道自体は全国的によくある「普通の登山道」なわけですが、8.5kmの道のりを歩いた後に「登山」が待っているわけですから、しんどいと感じる方も多いでしょう。8.5kmのトロッコ道で足がガクガクになるようでは、お話になりません。
気温と天候には要注意!
屋久島って南の島だから暖かい、そう思ったあなたは危険です。屋久島って本当に面白い島で、この小さな島の中に亜熱帯気候の場所から亜寒帯気候の場所まであるのです。島のある部分(麓の部分)は亜熱帯で沖縄と同じような気候、そして標高の高い部分は亜寒帯で北海道と同じ気候区分になるのです。暖かいだろうなんて思って軽装で行くと、標高が高い場所でえらい目に遭いますよ。
時期によっては、ルート紹介の章でお見せしたように雪が残っている場合もあります。そんな時は積雪の上を歩くための装備(スノーアイゼンなど)が必須です。
そういった点を踏まえて、入念な準備を!
装備については、具体的なことが以下のサイトに書いてありますから、これに従うといいでしょう。

縄文杉トレッキングにガイドさんは必要?
まあはっきりいって距離は長いものの、ただ歩くだけなので若い方であればガイドさんは不要でしょう。でも季節によっては、やっぱりガイドさんをつけておくと便利なこともあります。ガイドさんはガイド同士で連携をとって積雪の状況等を把握してくれたり、その日の天候に合わせた装備等について事前にアドバイスをくれたりしますから、そういった「情報収集」においてガイドさんをつけるメリットも大きいと言うことは理解しておくといいと思います。
あと、後述しますが、「縄文杉まで行けるか不安」「体力的に心配」と言う方は必ずガイドをつけるのがいいです。
初心者は行ける??
まあ色々と書きましたが、ただ「歩く距離が長い」と言うだけで特殊な能力が求められているわけではないので、おそらく初心者でも「意外とイケる」と思います。おそらく普通に日常生活を送っている40〜50歳くらいの方であれば、男性でも女性でも過度に心配する必要はないのではないでしょうか。割と歩けるものだと思いますよ。20代のお前に何がわかる!と言われればそれまでですが、 40,50歳ほどの年齢でアタックしている人もたくさんいて、多くはちゃんと縄文杉まで安全に歩き切り、安全に帰ってきています。
ただ、そういった方も含め、少しでも心配な方は必ずガイドさんをつけてください。ある程度若い方や、体力に自信があればガイドなしでも全然問題ありませんが、ガイドさんと一緒の方が危機管理をしっかりしてくれます。道中、危ない箇所も何箇所かあるので、気をつけるべきポイントや歩き方などをしっかりレクチャーしてくれますよ。また、ガイドさんはいろいろな人を見てきているため、危険な場合は引き返しの判断なども適切にしてくれます。
あくまでも、「多くの方が行けると思います」と言う趣旨の言葉は、「日常生活に問題のない人であれば余裕で縄文杉まで歩ける」という意味ではありません。「日常生活に問題のない人が、数ヶ月間ウォーキングやスクワットをし、また入念に装備を整えた上で、ガイドさんと共にアタックすれば、きっと縄文杉まで行って帰ってこれる」と言う意味です。もう少しちゃんと書くと、ただ歩く距離が長いだけで特殊な能力は不要なので、装備や体力の面でちゃんと努力・準備をすれば、それがしっかり実を結ぶでしょうから、ぜひ積極的にチャレンジするといいと思いますよ、と言う意味です。
ただし、繰り返しになりますが、ほんの少しでも不安がある方は必ずガイドさんをつけること。それも、ペースなどが心配な人はできれば貸切のガイドツアーにすること。決して安全で守られた道のりではないからこそ、取り返しのつかないことにならないようその辺りの危機管理をしっかりすることを強く推奨します。でも一方で、ガイドさんをつけて危機管理さえしっかりすれば、体力的には「意外と行ける」人が多いと思いますから、万全な準備をして、ガイドさんにもよく相談をした上で、積極的にチャレンジしてみてください。50歳くらいの初心者の方でも多くの人が問題なく縄文杉まで往復できていますし、なんなら健康な60歳くらいの方でも往復できてしまいます。ガイドさんの中には70歳くらいの人もいますよ。
縄文杉は、日本人の多くが憧れる場所の1つです。「自分は行けないだろう」なんて簡単に諦めずに、ちょっと元気を出して検討してみてはいかがでしょうか。ぜひ万全の準備をして、くれぐれもお気をつけて。そして全て自己責任であることもお忘れなく。引き返す勇気も大切です。