夏の北海道卒業旅行(5)稚内公園とノシャップ岬

[3日目]

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曇天の稚内

昨日は快晴でしたが、今日は朝から曇天です。ホテルを出て、まずは稚内を散策します。

こちらは稚内の北防波堤ドーム。今では鉄道は稚内駅で終点ですが、かつてはこの防波堤のところまで線路が伸びていました。ここが旧樺太航路の発着場で、鉄道から船へ、人の乗り換えや荷物の積み替えが行われていたのです。

今では「最北のまち」である稚内ですが、かつては樺太方面へ向かう船との乗り換え拠点。乗り換える人々や貨物を、高波から守るために作られたのが、この防波堤ドームなのです。

実際、この防波堤ドームができる前の通常の防波堤では、しばしば高波が防波堤を乗り越えて人々を襲っていたようで、まさに強風吹き荒れ、高波が襲う稚内を象徴するような建物です。ここまで立派な防波堤ドームが必要な場所とは、やっぱり稚内の気候の厳しさを思い知らされます。

それを裏付けるように、今日の稚内はすごい風です。とはいっても、稚内の風が本当に強くなる季節は冬。冬が近づくにつれて、強風の日も増えていくのでしょう。

美しいドーム。端から端まで歩くと結構な距離です。

こちらはJR稚内駅であり、道の駅わっかないであり、稚内バスターミナルであり、そしてそして映画館でもあり、はたまた高齢者住宅でもあるという、「キタカラ」という名前の複合施設です。近年のコンパクトシティの考え方に則った複合施設ですね。JRの駅としては、稚内駅を出る特急列車は1日3本、普通列車が4本しかなく、乗客も決して多くないわけですが、その一方で道の駅としてお土産物屋を見にくる人、バスターミナルに訪れる人、映画を見にくる人、入居しているコンビニに来る人などが往来しており、割といつも活気があるように感じる施設です。

そんなことゆえか、「駅ビル」という感じでは到底なく、道の駅メインの建物の隅っこに、ひっそりとJRの駅が入居している、といった印象を受ける施設です。

道の駅で「シカパン」を買いました。美味しかったです。

稚内公園

さて、車を走らせて稚内公園へ向かいます。稚内公園は、稚内市街のすぐ西にある小高い丘の上の公園です。稚内市街を一望できます。

中央に見える一番大きな白い建物が、「サフィールホテル稚内」という稚内で一番物理的にも高く、金額的にも高いホテルです。高い建物の少ない稚内駅周辺で一際目立つ存在ですよね。その左側に見えるのが防波堤ドーム。そして今晩泊まったドーミーインも右側に見ることができます。青い看板のやつですね。

宗谷岬方面も望むことができます。海の向こうに陸地が見えますが、その先端部分が宗谷岬です。

こちらは「氷雪の門」です。正式名称は「樺太島民慰霊碑」であり、旧樺太で亡くなった日本人の慰霊碑となっています。雪と氷の世界で逞しく生き抜いた人々が表現されています。

こちらは「九人の乙女の像」です。終戦の時、旧樺太にあった真岡郵便局。ここで通信業務を行なっていた9人の電話交換手の方の慰霊碑です。「電話交換手」といっても私の世代ではピンときませんが、かつては電話を「かける人」と「かけられる人」をつなぐのは、電話交換手による手作業であったようです。そんな電話交換手の仕事は、情報をいち早く伝えること。通信を守る非常に重要な仕事であり、厳しい選抜試験に受からないとなることができない花形の職業でした。「乙女」という言葉に表れているように、電話交換手は10〜20代が中心でした。

1945年8月20日、旧ソ連軍の侵攻に伴い、旧樺太の真岡郵便局で通信業務にあたっていた12人の電話交換手の方のうち、9人の電話交換手の方が青酸カリを飲んで自決しました。旧ソ連軍の攻撃により、真岡のまちは戦火に包まれ、身の危険が迫る中、電話交換手の方達は最後まで通信業務にあたりました。そして自決の前に最後に残された言葉が「皆さんこれが最後です。さようなら、さようなら・・・」という言葉です。

1968年、昭和天皇、皇后両陛下がこの公園を訪問されたようです。昭和天皇、皇后両陛下は、この話をお聞きになると、目に涙を浮かべられたそうです。

昭和天皇・皇后両陛下はお気持ちを和歌に託され、その和歌も刻まれています。

ノシャップ岬

つぎにノシャップ岬にやってきました。相変わらず、かなり強い風が吹いています。

昨日は満天の星空が広がっていたノシャップ岬も、今日は分厚い雲に覆われています。

稚内灯台。

そしてかなり大きなお土産物屋も営業中です。ちょっとしたお買い物もして行くことにしました。

(つづく)

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この記事を書いた人

道外出身・道外在住大学生。
小学生のころから北海道の魅力にとりつかれ、北海道旅行回数は30回超。
詳しくは「ご挨拶」ページを参照。
2024年5月25日Xアカウント開設。

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