同じ場所に何度も旅行することで見えてくるものって何だろう

「同じ場所に何度も旅行する」

いや、旅行に行くなら新しい場所に行った方がよくない?同じ場所に何度も行って楽しいの?なんて考える人は少なくありません。「私は函館行ったことあるから別にもう行かなくていい」。うん、確かに一理あるように思えます。

私はこのサイトで色々書いている通り、「同じ場所に何度も旅行している人」です。北海道が好きだから、北海道を何度も、いや何十回と旅しているわけですが、そうしていくと「何度も同じ場所を旅する面白さ・楽しさ」が見えてきたりするんですよね。

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旅は本来、楽しいことだけではない

私たちはつい忘れてしまいそうですが、旅っていうのは本来、楽しい!きゃー!!!ってことだけではありません。伊勢物語の「東下り」では、京都から東に旅を進め、富士山や見たことのない鳥「都鳥」などを見て、出会った人にそれを尋ね、、、、、みたいな旅路でありながらも、「もうこんなに遠い場所に来てしまった」「京都に置いてきてしまった愛する人は無事なのか」と涙しながら、旅に出てきた身を憂いているわけです。(無理やり行かされたわけじゃなくて、自分の意思で旅に出たのにね。)

やっぱり旅っていうのはこういう不安や憂いがあるからこそ旅なのでしょう。困難な状況に直面することもあって、それを旅先という見知らぬ土地かつ見知らぬ人に囲まれたアウェーな環境で、自分の力で乗り越えていく必要があるわけです。だからこそ成長するわけで、「かわいい子には旅をさせよ」なんていうわけですし、もっと直球で「旅は憂いもの辛いもの」といったことわざすらありますね。

現代では交通機関も通信も発達し、旅のハードルはぐっと下がり、不安な要素は減り、かなり楽しいものになっていると思います。それでも完全に「楽しい!!!!!」だけで旅しているわけではなく、一種の緊張感はあったりするのではないでしょうか。「飛行機に間に合わないかもしれない」「1日4本しかないバスに乗り遅れ、民家もない農道に取り残された」「大自然の夜道、野生動物とぶつかって事故を起こしそうだ」「車がパンクして身動きが取れない」みたいなことです。

ある意味スポーツの試合などと似ていると思います。あと1点、なんとしてでも取らないと!と焦ったり、なかなか進まない試合展開にイライラしたり。でも、こうやって書くと思いませんか。「それがあるから面白いんじゃん」と。

そうなんです。旅だって、それがあるから面白いんです。飛行機に遅れそうになって全力で走るから、旅は面白いんです。バスに乗り遅れて途方に暮れることがあるから、旅は面白いんです。事故を起こしそうなドキドキの中だから、エキサイティングなのです。車がパンクするから、思い出に残るのです。

旅っていうのは、「普段と異なる環境だという緊張感」があるものなのです。そして、それだからこそ、旅は面白いのです。

同じ場所への旅行は、このような緊張感は薄れてしまう

残念ながら同じ場所に何度も旅行にいくと、このような緊張感は薄れてしまいます。私も北海道に詳しくなってしまったので、何かが起こっても割と「最善手」が読めるようになってしまい、緊張や絶望を味わうことはほとんどなくなってきています。「雪でJRが運休した」なら、「多分それでも高速バスは走ってるよなあ」って思えますし、「バスに乗り遅れた」なら、「とりあえず駅まで歩けば喫茶店くらいはあるからなあ」って思えちゃいますし、なんか知識で解決できるようになっちゃうんですよね。そして、困難な状況でも知識で解決できる自信がつくと、旅本来の「普段と異なる環境だという緊張感」はほとんどなくなるのです。だってそもそも「よく知っている環境」を旅している、なんてこともザラにあってしまうんですから。

同じ場所を旅することのデメリットは、やっぱりこれでしょう。旅をするときならではのドキドキ感は、同じ場所への旅行ではほとんど生まれません。そしてこのようなドキドキは、先述の通り旅の醍醐味であるわけで、同じ場所に何度も旅することは、このような大きな旅の醍醐味を失っていることになります。

では同じ場所を旅する良さってなんだろう

では、同じ場所を何度も旅行する良さってなんでしょうか。簡単に言えば、「1回目では絶対に見えないものが見える」ということです。世の中には、「10回目じゃないと見えないもの」が存在するのです。

こうやって書くと、わかってくれる人もいるでしょう。「確かに10回くらい行かないと、雲ひとつない青空の、ベストコンディションの風景は見られないよね」「10回くらい行かないと、知る人ぞ知る名店には辿り着けないよね」とか。

もちろん、そういう要素もあります。何度も同じ場所に行くことで、天気を変えて、季節を変えて、時間帯を変えて、違う風景を見られる。そこに驚きと発見がある。それは間違いありません。また、10回行けば単純に旅先で出会う人数も、入れるお店の数も増えるので、新しい知識を得たり、知る人ぞ知る場所にたどり着けたり。これも間違いありません。何度も同じ場所に行くことの良さの一つです。

でも、それだけじゃないんです。全く同じ風景を見て、全く同じ店に行って、全く同じ観光ルートをとっても、「1回目の人」と「10回目の人」では、見ている景色が違うのです。

10回旅行して、知識や経験、そして思い出を持っている人は、ものを見る「解像度」が違うのです。知識や経験があるからこそ、同じものを見ていても、それらがない人とは見え方が異なるのです。

どういうことなのか、少しわかりやすいように例え話をしてみます。この記事で伊勢物語「東下り」を登場させました。「東下り」を知っている人と知らない人では、同じこの記事を読んでいる方でも印象が大きく異なるはずです。また、「野生動物とぶつかって事故を起こしそうだ」「車がパンクして身動きが取れない」といった文面も入れましたが、普通の方であれば1つの例えとしてスルーするだけでしょう。しかし、私の以下のような記事を読んだことがあり、知っている人であれば、印象は大きく変わるはずです。「知識や経験によって物の見方が変わる」というのは、例えて言えばこういうことです。

つまり、「1回目の人」と「10回目の人」とでは、同じ景色を見ても、同じ話を聞いても、同じものを食べても、それを見聞きし、体験する「解像度」が異なるのです。1回目の人は「きれい」で終わらせる風景を、10回目の人は「今日は空が澄んでいて、羊蹄山まで見渡せる。これは珍しい。さらに季節的に太陽の位置も良くて、この後夕暮れ時になれば、夕陽が反射してさらに美しいだろう」とまで見られるわけです。1回目の人は「美味しい」で終わらせるラーメンを、10回目の人は「一般的な札幌ラーメンと比べるとちょっとあっさり目。スープの味は悪くないので、バターを乗せればもっと美味しくなるだろう」まで見分けられるのです。1回目の人は「何もない街だなあ」で片つける街並みを、10回目の人は「あの蕎麦屋さんなくなっちゃったのか。あの夏の日、雨の中お店に入って東京から帰省してきた学生と隣り合わせたなあ。」なんて思い出が蘇るのです。

ほら、同じものを見ていても、10回目の人は「見える景色が違う」「解像度が違う」っていうのはこういうことです。例えるなら、1回目の人がアナログのブラウン管テレビと使い捨てイヤホンでものを見聞きしているのに対し、10回目の人は大画面4Kテレビと最高のスピーカーで楽しんでいる、といった感覚です。

どうですか。これが同じ場所に何度も行く良さだと私は思います。私はもう北海道旅行に行くときは超大画面4K、いや8Kテレビと巨大かつ最高のスピーカー、食器類も全て最高級品です。みんなと同じお金払って、同じ景色見ているように見えて、実は私だけ全部最高級品なんだ。ごめんね!!!!!

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この記事を書いた人

道外出身・道外在住大学生。
小学生のころから北海道の魅力にとりつかれ、北海道旅行回数は30回超。
詳しくは「運営者情報」ページを参照。

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