旭川家具の歴史と「旭川デザインセンター」の観光ガイド!雨の日にお勧め!

旭川=動物園というイメージ、旭川=醤油ラーメンというイメージ。これらのイメージは多くの観光客が持っています。

しかし旭川は、同時に「家具の街」とも言われています。実は家具の世界では、旭川の地位は世界的にも認められており、そんな旭川には「旭川デザインセンター」というその旭川家具を堪能できる聖地のような場所があります。この「旭川デザインセンター」ですが、基本的には家具を売っているショップなのですが、見学だけでもものすごく面白い場所で、観光地としても最適です。特に雨の日の旭川観光では、第2候補くらいに挙がる場所でしょう。(第一候補は旭川市博物館かな)

この記事では、はじめに旭川家具について基本的な知識をご紹介をした上で、旭川デザインセンターの観光ガイドをします。

目次

旭川家具って何?なんで旭川は家具の街?

旭川が「家具の街」になった理由については、なんとなく想像がつく方も多いのではないでしょうか。そうですね、木材の豊富さという点が第一に挙げられるでしょう。旭川の東には大雪山系があり、ここの原生林からは良質な木材を大量に取ることができ、その木材を使った良質な家具作りを始めたのが、旭川家具の発祥です。

この旭川家具の発祥は1890年のこと。実に135年の歴史があるわけですが(2025年現在)、ではなぜこの頃に旭川家具が登場したのでしょうか。ちょっと北海道の歴史を振り返ってみると、まず明治時代が始まったのが1868年のこと。ここから、明治政府が北海道の開拓に力を入れていくことになります。北海道開拓使の設置が翌年の1869年。北海道庁の設置が1886年です。

そうです。旭川家具が誕生した1890年というのは、北海道の開拓が少しずつ進み、北海道への移住がどんどん増えてきていた時代。人が増えるにつれ、建物や家具の需要が高まっていたのです。特に旭川は、北海道の中心近くに位置する交通の要衝であり、それゆえ軍事施設の建設需要もあり、そういった意味でここ旭川は北海道の中でも特に建築や家具の需要が高かったのです。旭川家具は、そんな需要を支えてきたわけです。旭川への人の移住の立役者と言っていいでしょう。また、その家具需要の高さから、全国の大工さんや職人さんたちが、旭川で家具を作るために移住してきたとも言われています。

またこの頃の家具需要の高まりについては、生活の「洋式化」にもあると言われています。それまでの日本風の暮らしでは、畳にちゃぶ台、箪笥くらいで十分でしたが、西洋文化が入るにつれ、椅子やテーブルを多くの人が必要とするようになった、という時代背景もありますね。

ちなみに旭川駅の開業は1898年。旭川にどんどん人が集まっていき、発展していくその前から、旭川の人々を支え、街の産業になっていたのです。まさに、旭川の街の歩みを1から支えてきたのが、この旭川家具なのです。

旭川家具って何がすごいの?

旭川家具が、大雪山系の良質な木材を用いていることは先に述べました。でも旭川家具の凄さはこれだけではありません。それは高い技術力とデザイン性です。

この技術力やデザイン性は、第二次大戦直後くらいまでは旭川家具の「弱み」の一つでした。何しろ場所が場所ですから、新しい技術が黙っていても入る場所ではなかったんですよね。加工技術等で、他の地域に比べ遅れをとっていたことは確かです。

しかし近年、旭川を家具の街として再び盛り上げようと企業が集積し努力を続けた結果、今では旭川は「良質な家具を作る街」として全国から高い評価を受けています。

特に旭川家具の特徴としてよく挙げられるのが、「修理して使い続けられるもの」という点です。非常に質が高いので、消耗品ではなく、長いスパンで使うことができ、修理が必要な際にはできるだけ容易に修理ができるような作りになっているのです。修理のことまで考えられて作られている家具、すごいですよね。

旭川デザインセンターの観光ガイド!

旭川デザインセンターは、旭川駅から路線バスで30分弱。「永山2条10丁目」が最寄りのバス停です。バス停からはすぐですので、車がない場合でもアクセスは割と良かったりします。この辺りは、「永山○条○丁目」というバス停がたくさんあるので、くれぐれも間違えないようにしてくださいね。2条10丁目です。

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この記事を書いた人

道外出身・道外在住大学生。
小学生のころから北海道の魅力にとりつかれ、北海道旅行回数は30回超。
詳しくは「運営者情報」ページを参照。

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